ネトウヨ大百科掲示板 116698

ブログ「ネトウヨ大百科」の掲示板です。
コチラでは、ブログの記事についたコメントの中で深堀りしたいと思ったものや旬な話題を取り上げたいと思います。
政治、社会問題、心理学のジャンルであれば、自由にスレを立てていただいて結構です。


あいちトリエンナーレについて語るスレ

1:普通じゃない日本人 :

2019/08/05 (Mon) 21:31:01

みんなは今回の騒動、どう思ってる?
2:普通じゃない日本人 :

2019/08/05 (Mon) 21:31:50

建てられてないっぽいので建てますた。
3:あああ :

2019/08/05 (Mon) 23:08:42

表現の不自由展は面白そうだと思うので中止になるのは残念ですね。

以前、「ナパーム弾の少女」の写真がFacebookで一時削除されたことがありましたが
リスク回避というか、不快回避というかそういう世の中なんでしょうね
https://www.huffingtonpost.jp/2016/09/10/kiddie-porn_n_11946664.html


展示されていた作品の中に「時代(とき)の肖像-絶滅危惧種 idiot JAPANICA 円墳」というのがあったそうなんですが、
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/129037

>手書きで「日本病気中」などと書かれた紙が全体に貼られており、ドームの頂上には日章旗が乗せられている。
>「『idiot JAPANICA 円墳』という名前のとおり、これは『馬鹿な日本人の墓』なんですよ」――。
中垣さんは、そう語った。

これに込められたコンセプトは記事にあるように『馬鹿な日本人の墓』なそうなんですが、
そういう、自分に無い感性を持っている人を理解する機会が奪われるのは残念です。

個人的には
『馬鹿な日本人の墓』でも「日本病気中」でも
『馬鹿な韓国人の墓』でも「韓国病気中」でも
『馬鹿な米国人の墓』でも「米国病気中」でも
全部閲覧できるべきだと思うんですけどね
4:S :

2019/08/05 (Mon) 23:45:38

私は、これを表現の自由と認めちゃうには抵抗ある側です
なぜなら、これが表現の自由として認められちゃうのなら
ヘイトにも表現の自由でお墨付きを与えればこれから先いくらでも可能になっちゃうから

これっていわゆる『アート無罪問題』ですよね
極端な話、暴力でもアートのお題目を使えば許される、ってやつ
実際に以前、性犯罪が起きかけた『自称アート』の事件がありました

痴漢騒動のブラックボックス展に感じた「アート無罪」という考え方の危うさ
https://www.huffingtonpost.jp/natsuru-sasamoto/black-box-art-and-society_b_17327892.html
痴漢騒動の「ブラックボックス展」から考える"お騒がせアート"多発の背景とは?
https://www.huffingtonpost.jp/2017/07/06/black-box-shingo-jinno_n_17401562.html
https://dic.pixiv.net/a/アート無罪


私は、津田大介氏のこの件でのリベラルとしての罪深さは2つあると思います
一つは、ヘイトスピーカー側にも『アート無罪作戦』の手口を教えちゃった点
おそらく、今後はヘイト側がこぞって津田氏のやり方の真似をするでしょう
十中八九『ヘイトも表現の自由だ展』『嫌韓芸術展』みたいなものが起き始めて
LGBT差別もヘイトスピーチも、アートの名を借りて、表現の自由を悪用して次々と正当化主張がされていくと思います
新芸術ジャンル『ヘイトアート』の誕生です
ヘイトもアートを名乗ってしまえばアート無罪論でやりたい放題になる
津田氏は敵にまんまと塩を送って、追い風を送っちゃった利敵行為者の戦犯なわけです
まずこれが罪の一つ

次が、『炎上商法』です
津田氏の言い分はこうです

津田大介さん「ジャーナリストとしてのエゴだったのではないか」。“表現の不自由展”中止の責任を痛感 (あいちトリエンナーレ)
https://www.huffingtonpost.jp/entry/tsuda-art_jp_5d455808e4b0aca3411e3f5f

>物議をあえて醸すことに意味があると思った

>物議を醸すような企画を国際芸術祭というパブリックセクターのお祭りでやること。そのこと自体に意味がある

さて、この言い分、誰かにそっくりではないでしょうか
杉田水脈議員です
当時の杉田水脈氏はこう言っていましたが、この言い分に聞き覚えないでしょうか
『LGBTについて議論の一石を投じるために発表した』

世間にわざと波風を立てるために差別文を公表した、という主張です
今回の津田氏のやり口が正当化されるのなら、それは杉田水脈のやり口も正当化される、ってことです
杉田水脈も、議論を起こすことに意味がある、とかなんとか言って、醜悪な差別文を言論の自由として書いた
ああいうものを、『炎上商法』と呼びますが、今回津田氏が公共の場で行ったのもそれです
津田氏は、今回の作品展が十中八九人を不快にさせ、炎上するのが最初から予想できてて、むしろ
炎上させるのを目的で行ったんですね
本人も認めてるけど、『自分のエゴ』で

ちなみに、当時津田大介氏は、杉田水脈のやり口を表現の自由と認めず、痛烈に批判していました
その津田氏が、杉田水脈を批判できないこと(全く同じやり口のこと)を表現の自由の名の下に、炎上を狙ってやったわけです

『アート無罪』と『炎上商法』
これらはどちらも『俺は嫌な思いしてないから』という、サイコパス的な他人の心の痛みや不快感に無頓着・無神経・無関心な人間が確信犯でやることです
少なくとも、この二つを平気でやるエゴイストには、他人を思い遣ったり気遣ってる振りをしても、金輪際説得力がありません
津田氏は、二重の意味でリベラルとして、開けてはならないパンドラの箱を開きかけたと思うし、引いてはいけない引き金を引きかけたと思います
5:backface :

2019/08/06 (Tue) 00:02:47

>新芸術ジャンル『ヘイトアート』の誕生です
>ヘイトもアートを名乗ってしまえばアート無罪論でやりたい放題になる

自分もSさんに同意で、
今回の件は左派の自滅になった気はしますね。

公的空間に反天皇の表現を置くことを表現の自由と主張するなら、
公的空間に教育勅語を置くことも認めないと表現の自由として論理整合はとれない。
自称リベラルのデモ隊を認めるなら、右翼の街宣車も認めないと論理矛盾になる。

ARICが百田尚樹の講演会を中止(公費ですらない)させながら、
自称リベラルの政治展示会は公費でOKという理屈は通らない。
しかし自称リベラルは、あくまで左派表現の自由だけ守り、
右派表現の規制を進める方向でしか考えられないだろうから、
さらにダブルスタンダードが酷くなり、左派の求心力がなくなると見ています。

短期的には何も変わらないでしょうが、中長期的には若年層で左派を支持する人が
さらに減ると予想します。まあ既に自由を認めないリベラリスト集団ですから、
相応の終わりにはなるでしょう。
6:S :

2019/08/06 (Tue) 00:05:10

あと、ここから先は愚痴です
今回の件、他に何が問題あるか、と言ったら
やっぱり『アートにヘイトを絡めて、アート展の口実でヘイトを煽ったこと』にあると思います

私は、アートに政治を絡めるな、とは思いません
表現の自由も大事です
ただ、やっちゃあダメな一線ってあります
それは『憎しみや対立感情を煽ること、プロパガンダで何かへの敵意を醸成して、向けさせること』
『アートにヘイトを絡めるな』とは思います
なぜって、『ヒトラーもアートとヘイトを融合させた』から
あれほど危険なことはないですよ
リベラルを名乗ってて、ヒトラーの手口を模倣するのは、あってはならないことです
今回、津田氏はこの地雷も踏んじゃいました
無意識で、自覚すらないんでしょうけど

アート無罪の他にも、(ネトサヨが特に陥りがちな)『左派無罪、反体制無罪』みたいな感覚がある
私は、これも非常に危険な兆候だと思います
現在、SNS社会を中心に、『ヘイト消費』と呼ばれる社会現象が起きてますが
https://dic.nicovideo.jp/a/ヘイト消費

津田氏は、もろにこれを先導する側に立ってしまいました
もちろん前々から、ツイッターなどで散々人の憎しみや対立意識を左派側から煽って、操ってた一人ではありますが
とうとう一線を越えてきちゃったな、って感じます
ツイッタラーのノリを、公の社会の場にまで持ち込み始めたからです
おそらく、周りにもはや津田氏を持ち上げる人しかいなくて、誰も注意しなくなったから、勘違いし始めたし、今回のことも誰も冷静に反対意見を言わなかったんでしょう
人、それをカルト化と呼ぶのだと思えます
それって私には、オウム真理教が調子の乗りすぎて選挙に出たり、事件起こしたのと同じで
社会の片隅でひっそりと、隠れて目立たないようにしてるのならカルトであっても問題ない人が、変にスポットライトを浴びたくなっちゃった
目立ちたくなっちゃった、社会に承認されたくなっちゃった、危険な自己顕示の始まりのように思えます
7:S :

2019/08/06 (Tue) 00:20:07

あとは今、日韓関係が大変な時期で、さしあたっての問題は『憎しみをどう乗り越えるか』なんですよ
私は、今の社会の分断と対立の構図って実は『右vs左』『体制vs反体制』じゃないと思ってます

まず一つ目の大きな対立が『ヘイトvs反ヘイト』です
で、今回の津田氏は完全にヘイト側です
反ヘイト側が、特に日韓双方の若者たちが、今必死になってお互いの憎しみの火を鎮火するために
消火するために、お互いに懸命に友好作りのために交流したり、新しい未来、融和社会を作ろうと頑張ってる時期なんです
その隣で、津田氏は油をまいて火をつけちゃった

私が愚痴りたいのはここですよ
こんな情けない話はないと思う
台湾の慰安婦像を蹴りに行った幸福の科学の大バカ野郎と、ある意味一緒なんですよ
火を消すんじゃあなくて付ける側に回った、って点で

それでもう一つ、確信的に感じるようになった対立が『足を引っ張る大人vs若者』です
津田氏も足を引っ張る大人の一員であるのは言うまでもないことです
もうこれ思うに、『いつまでも昔の憎しみを捨てられない旧世代の大人たち』と『旧世代の大人に迷惑かけられながら、未来を見据えて友好に努めてる若者たち』
この対立が2軸目の対立構図だって確信しましたね

きついこと言うと、右も左も、ヘイトと喧嘩が好きな足手まといの大馬鹿野郎な大人どもは、そういう奴らだけ集めてどこか島にでも捨てるか、地球とは別の星に捨てて、2度と帰ってこれないようにしてやりたいですよ
そうでもしないともう治らないと思うし、迷惑千万甚だしいと思います、さすがに

要するに、津田氏とその取り巻きも『時代遅れな大人たち』なんです
ネトウヨ・ヘイトスピーカー側にも『時代遅れな大人たち』がわんさかいますが、社会・若者の足を引っ張り続ける
こういう厄介なお荷物と化した、すぐヘイトに染まる中高年たちをどうすればいいのか、というのが本当の社会問題の一つなんだと思えます
8:黒い何か :

2019/08/06 (Tue) 00:30:03

今回の件、リアルタイムな芸術展としてではなく過去を検証する美術史展として「過去に何らかの理由で展示中止された作品」として展示したらどうなってたんだろ。
作品そのものを展示しなくととも、当時の展示風景の写真だけでもいいから羅列しただけでも目的を果たせたような気はするんだけどな。
ネトウヨ様方も「黒歴史を公表するなら携行缶持ってく!」とまでは言いづらいだろうし。
9:backface :

2019/08/06 (Tue) 00:50:08

>>8
悪魔の詩や反キリスト、南軍の像やシャルリ・エブドや慰安婦にライダイハン像の
なかに反天皇など、多様な視点からみた「表現の不自由」であれば
展示する価値はあったと思います。

残念ながら津田さんにはそれをやる技術と覚悟がなかったですね。

あいちトリエンナーレの芸術祭自体は国際的に非常に高いレベルで世界的なアーティストが
参加しているものなので、この中に日本国内でしか通じないローカル左派的な
政治憎悪表現が浮いてしまっていましたね。
10:あああ :

2019/08/06 (Tue) 01:18:30

>>9
>悪魔の詩や反キリスト、南軍の像やシャルリ・エブドや慰安婦にライダイハン像の
なかに反天皇など、多様な視点からみた「表現の不自由」であれば
展示する価値はあったと思います。

あー、たしかにそっちの方が断然面白そうですね。
11:S :

2019/08/06 (Tue) 01:32:00

あとは、表現の自由至上主義の層には津田大介は嫌いだけど中止はやりすぎ、とか
左翼は嫌いだけど表現の自由は大切だ、って観点で擁護する人も多いので
表現の自由問題でこの件を分解すると

まず表現の自由には『誰でも発信する自由』があり、同時に『発信に対して責任を負う、被る』
この責任を負えない無責任な姿勢であれば表現者を名乗ったり標榜したりは許されない
車の運転と同じで無責任にやっていいわけじゃないし、そういう適当な姿勢で事故を起こしていいわけでもない
今回、津田大介氏はかなり軽く考えて『物議をかもすために』という『意図的な事故(炎上)』を狙った
まずこれが表現者の姿勢としてすごく無責任でまずい(それが上でも紹介したアート無罪問題)
ただ、これについては津田氏も『エゴだった』と問題点を自覚し、認めてる(じゃないと今後、こういう炎上アートを右派がやった際に批判もできない)

次に『表現は誰でも批判する(怒る)権利もある』
表現の自由はアート無罪で何をしても批判されなくなる免罪符じゃなくて、人を怒らせればちゃんと怒られるという結果を生む
当たり前だけど表現の自由を名目に人に中指を立てたら殴られても殺されても文句は言えないし、自分が原因を招いた(怒らせた)過失、ってことになる
挑発的な表現や芸術で誰かに中指を立てたら、本当に殺されることだってある(2パックとかノトーリアスBIGとか、人をディスるラッパーは相手の怒りが原因で殺されたりもしてる)
だから暴力や脅しで表現の自由を潰すのは言論弾圧だ、って批判をしてる人は、表現の自由を9条みたいな魔法のバリアだと思ってて、無敵になれると誤解してる
実際には、言葉のやり取りの間違いで夫婦だってこじれて決裂するし、喧嘩から暴行傷害や殺人事件にだってなるし、暴力団だって抗争するし、外交の過ちで戦争だって怒る
相手にだって怒る権利と自由があるし、言葉や表現が自由だというなら、相手にもキレて怒鳴る、殴る、暴力という表現の選択の自由と権利がある
だから今回、表現の自由の後退と言論弾圧どころか、発信者と受け手、両者がお互いの自由権をフルに使ってて、ちゃんと自由主義が担保されてる(表現で人を怒らせる自由と、受け手が怒ってキレる自由)
津田大介氏も一応ジャーナリストだから、その意味はちゃんとわかってて、だから今回中止にしたんだと思う

そして、津田大介氏もこの二つの権利をこれまで散々フル活用してる
自分も好き放題に発信し、他人の発信に怒って好き放題に批判を加えてきた(時には嫌いな他人が出る講演会とかも講義で潰してきた)
そういう意味では、津田氏も自由主義者らしく首尾一貫してる
自分は自分の好きなように発信し、自分の嫌いなものを叩く(ヘイトする)
どこまでも、自己中心で、わがままで、主観主義だけど、本人も認めてた通りエゴイストって点で筋は通ってる

ただ、社会がそういう津田大介式のエゴイスティックで自己中心的な人類だらけになったら
間違いなく社会の連帯だとか、人同士の信頼なんて壊れるし、崩壊する
というより、今現在すでにそうなってると思う
自分の表現権と自由が第一で、自分が嫌いなもの、憎むものをヘイトして叩き、好き勝手放題に暴れまわる

そういう独善的なエゴイストだらけになって、本当に他者との共存や多様性ある社会なんて作れるのか、考えるべきだと思う
それと、表現の自由の名の下に街の本屋にヘイト本が溢れ、居心地悪くなってる人たちの問題
そういう問題を憂うなら、表現の自由の名を借りてやっちゃいけないことがある
やらなきゃいけないこと、やるべきことは、自分が憎しみや怒りを表現してスッキリすることじゃなくて、今社会でヘイトに苦しめられてる人を救うのに何が最善か考えて行動する配慮じゃあないのか?

本当に他人のことを考えて、平和を望んでるんだろうか?
人といがみ合って、喧嘩して、闘争する快楽に酔ってて、永遠に敵を設定して誰かと争いたがってるように見えるよ
今、平和に必要なのは『各々のエゴの抑制』じゃないの?
日本社会はこれまで、『人治主義』にかなり頼ってきた
『何事もやりすぎないようにする』他者への配慮、遠慮、思慮、思い遣り、気遣い
そういう遠慮に頼ってきたから、日本は『空気社会』でもあった

でも今、その『人間の善意善性を前提にして頼る』日本社会の構造が、壊れてて通用しなくなってる
『自分のことしか考えないエゴイスト』が異常に増えたから
自由は確かに大切
でも『自由とエゴを履き違えてる』人間が大量発生して、結果、日本社会は穴だらけの人治主義じゃ対応できなくなって
なんでも法で規制しなきゃ平和が保てない『法治主義の徹底』が進むようになって、どんどん自由が却って狭まる
それが今なんだよ

自由を失わせてる原因は、権力じゃなくて自分たち自身のエゴ、モラルの崩壊なんだって気付け
猿と同レベルの倫理観しか持たない身勝手な自己中心者だらけになったら、檻が強化されるのは当然の結果なんだよ
12:普通じゃない日本人 :

2019/08/06 (Tue) 13:57:40

私から言わせると、全ての芸術には「確固たる意味」など存在しないんですよ。
全部の芸術が「そういう見た目」をしてるだけなんです。
そこから意味を見出すのは観察者一人一人の特権で、せいぜい「そういう見方もあるんだ~」くらいのもので。
そんな中では慰安婦像なんてただの置物で、「嫌なら見るな」で済まされちゃうもんなんです。なんら意味を持たない、つまらない代物にいい大人がガチギレするなんて情けないですよ。気に入らなければ路傍の石にもキレるんでしょうね…
むしろ凡ゆる芸術が政治から解放される為にも、芸術の政治性は徹底的に軽視されねばならないでしょうな。
13:普通じゃない日本人 :

2019/08/06 (Tue) 14:10:33

もし私が津田だったら、平和の少女像の隣の席に二宮金次郎座らせて、二人に向かい合う形でラブドール座らせますね。
題名は「二宮金次郎、ラブドールと愛について語り合う」みたいな感じで。
平和の少女像は添え物です。路傍の石です。たまたま相席しただけです。
14:麗しき月の和(公式) :

2019/08/06 (Tue) 17:20:50

パヨク連中は「表現の自由ダー」とかわめいてるけど、表現の自由の名のもとに何を言ってもいいのかって。
じゃあ、障害者をバカにするマンガとか書いて「表現の自由ダー」
黒人を(以下同文)「表現の自由ダー」
被差別部落の人を(以下同文)「表現の自由ダー」

なんか、くっさい果物の名前と同じハンドルネームのヤツみたいに、パヨクって、「日本人」という属性に対してなら
何してもいい、何言ってもいいって思ってるんですよね。

そして、一方で大丸の自衛隊展を中止に追い込んだり、戦車の載ってる「はたらくくるま」に難癖付けたり
もう、このダブスタぶりがパヨクそのものって感じでしょう。

パヨクどもは、「日本人をバカにするのはOK」「天皇陛下や自衛隊のように、日本人の心のよりどころになっている人や、日本人の役に立っている組織を穢すのはOK」と
考えてるんですよね。

日本にとっての内なる敵、パヨク。
この脅威に、日本人は気づかなければならないと思います。
15:ネトウヨ研究会名誉会長 :

2019/08/06 (Tue) 19:32:19

ちなみにパヨクさんはこんな不気味なイベントを開催するようですw

http://payopayo.blog.jp/archives/1432821.html
16:S :

2019/08/06 (Tue) 20:01:02

>>12
表現者それそれの姿勢によりけりですが、私はいい加減な姿勢で創作・表現の芸術活動をしてる人、発信をしてる人って嫌いですね
自分の仕事なんだから、真剣に打ち込んで、稼業には命と人生を賭けててほしい、と思います

表現の自由って、表現者にとって『料理人の包丁と同じ』でしょう
命のように大切な仕事道具のはずです
おまけに、自分一人のためにある権利じゃない
自分以外のこの世(日本ならこの国の社会)に住む他人全てと共有してる公共の権利だし、未来の子孫とも共有してる権利でもある
自分のエゴで弄んで、いい加減に扱って壊してしまっていいものでしょうか?

軽い気持ちで、遊び半分で炎上商法とかヘイトスピーチとかアート無罪とかやる人間の問題は、そこなんですよ
表現の自由という権利を非常に軽く見て、いい加減で適当な気持ちで弄んでいるし、遊び半分で他人を殴る凶器に使って壊そうとする
逐一、『自分のことしか考えていない』『物事を真剣に考えない、深刻にとらえない』『軽はずみ』さが成せる無神経なんだと思います
わかりやすく言えば、『軽挙妄動』ってやつです
17:backface :

2019/08/06 (Tue) 22:08:50

>>12
配置された物質にも意味を見出してしまうのが人間の性であり、
限りなく無意味に配置しようとしても、そこには意味や意図が生じてしまいます。

 >平和の少女像の隣の席に二宮金次郎座らせて、
 >二人に向かい合う形でラブドール座らせます

こういった斜に構えた作品、自分は嫌いではありませんが、
一方で韓国のナショナリストが見たらどう感じるかということです。
学校の学園祭ならまだしも、プロの芸術展ですからプロの表現力が求められます。

人間は意味のない空間では生きられず、人間である限りただの石や山にも
神を見てしまうわけです。

あとは政治性から完全に離れた芸術は存在できません。
「政治性から離れる」姿勢自体も十分に政治的なメッセージです。
であるからこそプロとして高度な表現能力が求められます。

展示物を如何にして「なんら意味を持たない、つまらない代物」にするかに全力を尽くした
現代芸術というのもあるでしょうが、やはり高度さは求められます。
https://www.artpedia.jp/fountain/
18:トイレに100万円 :

2019/08/06 (Tue) 22:23:30

>>15
引いちゃった私は取り敢えずパヨ様ではない・・・?
19:あああ :

2019/08/06 (Tue) 23:00:04

ヘイト表現規制とかの考えを一旦脇に置いた、あくまで個人的な考えですが、

僕は、ヘイトする自由というより、ヘイトされる自由が担保されないと不安なんですよね。

例えば「ヘイト表現してはいけない」というルールがある中で、ヘイト表現がなかったとしても
本当に自分が憎まれていないのかどうか、わからなくなるじゃないですか。

でもヘイト表現してもいい中で、ヘイト表現がなかったとしたら、ある程度は安心できると思うんですよ。

それをどこまでパブリックな場に持ち込んでいいのか、
表現するにしてもアングラな世界のみに止めるべきという考えはあると思いますが。
20:S :

2019/08/07 (Wed) 06:51:56

大なり小なり人間は誰かに憎まれたり、嫌われたりはするでしょう
そういう意味ではネトウヨの日本すごい教みたいなのは現実逃避であり
確かに日本は(特にご先祖様たちは)立派ですごくて偉大な面は多々ありますが
それは勝手に私たちが心の中で思っておけばいいのであって、
実際には80年代アメリカのジャパン・バッシングに代表されるように、世界の先々で相当大きな恨みを買ったり、嫌われたりもしてきた

ただ、誰か・何かに対するヘイト表現をどこまで認めていいのか、って問題です
際限なく自由の名の下に認めていくと、間違いなく暴力の暴発にだって繋がる
件のジャパン・バッシングの時代も、日本人に間違われたある中国人がアメリカでリンチ殺人被害を受けた気の毒な事件が起きています
上にも書いたけど、人を茶化したり挑発したり怒らせたラッパーやコメディアンが、怒りを買って襲撃されて殺される、なんて事例もしょっちゅうです
ちょっと前だと、日本でも関東連合に代表される半グレ集団の著名人や記者への襲撃・暴行事件が問題になってましたよね(今また話題になってますが)

今回の件も、確かに暴力や脅迫は許されません
が、そもそも昔から、右翼団体を怒らせて襲われる、なんて事件は恒例でしょう
自宅に右翼が操縦するセスナ機で突っ込まれた人もいたし(児玉誉士夫)、岸信介は日本刀で襲撃されたし、(絶対にあってはならないことですが)朝日新聞が襲撃された赤報隊事件も起きた

例えば、誰かに対して中指を立てて挑発する行為が、どこまで表現の自由として認められるのか、って問題なんです
全部が表現の自由として認められるのなら、そもそも他人への侮辱も表現の自由ってことになります
実際、そういう傲慢な自由を行使してるのがヘイトスピーチです
そして、人を怒らせたとしてもそれは表現の自由を行使した発信者の自己責任、で片付けたとする
本人たちはそれでいいでしょうが、結果何が起きるでしょうか?
表現・アートの名目で人を侮辱する人間の増大と、そういう人間にキレて真剣に反撃する人間の応酬の増大
極めて治安が悪くなりますよ
社会には間違いなく憎悪が蔓延化するし、炎上商法・表現の名の下に気楽に人を挑発して怒らせる愚か者が後を絶たず、
その挑発に対して怒りを抑えられない人間の暴発・応酬・暴力を含む復讐事件が絶えなくなる

結果、表現の自由は危険なのではないか?という社会を憂慮する民意も形成されてしまうでしょう
反動で、徹底した治安維持の名目によるヘイトへの取り締まり、法規制(法治主義)が強化されると思います
実際、今どんどんヘイト規制が進んでますよね
表現の自由を壊すのは、人治主義(他人への思いやり、配慮)ができない愚か者・エゴイストの増大です
結果、全員の権利が壊れるし、何もやってない未来の子孫まで迷惑する

そろそろ、炎上商法、ヘイトスピーチ、アート無罪、こういった『自由の名の下に行われる無神経、エゴ』を
本当に認めていいのか、真剣に議論する時が来ていると思います
『憎悪の娯楽化』が社会にもたらす危険性、暴力性について、真剣に認知して話し合うべき時に来ていると思う
すごくまずいのは、『誰もが表現の自由を軽く扱って、気楽に人を挑発し、遊び半分で怒らせる』問題です
21:麗しき月の和(公式) :

2019/08/07 (Wed) 08:24:29

>>19

>例えば「ヘイト表現してはいけない」というルールがある中で、ヘイト表現がなかったとしても
本当に自分が憎まれていないのかどうか、わからなくなるじゃないですか。

繰り返し言ってることだけど、個人(個別の事案)への批判は良いと思うんですよ。

・靖国のトイレに爆弾をしかけた「チョン・チャンハン」とかいう韓国人を非難するのはOK。
・この事件をもって、「だから韓国人はバカなんだ」と民族をひとくくりにして決めつけるのはヘイト。

この違いが分からない人がいるのが困りものなんです。

個人を侮辱するのはダメだと思いますが「お前のこういうところがダメなんだ」としっかり批判してくれる人の
存在はありがたいものだと思います。


22:普通じゃない日本人 :

2019/08/07 (Wed) 15:25:06

はあ?
真剣に打ち込んでるからこそ、「意味なんてない」って堂々と言えるんです。
作者や評論家に押し付けがましく「この作品はこういう意味だ」と決めつけられる為に表現がある訳ではありません。
観衆一人一人がありのままの感想を抱く。
それも芸術としての有り様です。
感想は見たひと一人一人にのみ決められる。
作品の意味は誰も押し付けられない。
作品の意味を、誰にも縛らせない。
意味を見出すのは我々一人一人。究極の個人主義。
そういう意志を持つのは「オタク」の真髄です。
「オタク」のプライドをかけて、平和の少女像の「意味」を軽んじていきますよ。
23:普通じゃない日本人 :

2019/08/07 (Wed) 15:32:18

そこで改めて「我々が意味をぶち壊す。我々は意味など認めない」と高らかに宣言するのがポスト構造主義であり、私の信念です。
そして私はポスト構造主義こそがオタク文化の起源だ、とする仮説を唱えておりますので、その意味では正しく私はオタクなのでございます。
24:ベントブルー :

2019/08/07 (Wed) 18:05:57

テロ予告によって企画展が中止になった。先ず第一に重要な問題点は、テロ予告や脅迫で脅せば自分たちの思うように出来ると思わせてしまったこと。
これは表現の自由を決定的に後退させ、萎縮させてしまう事になる。全く許容できないことだ。

まずこの犯人を徹底的に捜査して、このことは不法行為で、断固として日本社会はテロ、テロ脅迫は許さないという意思表示をすることではないのか。
まず国民へのアピールとして公的な立場にある人が政治家がジャーナリストが知識人がしっかり声をあげるべきだ。

ところが、テロをめぐる問題では、政権や名古屋市長の反応が全く的外れだ。
特に名古屋市長の発言は的外れどころか全く逆の暴言とさえ言える。
国民の心をふみにじる・・・とは多数の国民とは必ずしもいえないのではないか。
税金を使って云々・・・ここは大村知事の言うとおりだ。
公的な立場にある者、組織が企画の内容そのものに口出しすることは最もやってはいけないことだ。検閲につながる動きになる。
もちろんこれは内容の左右を問わない。例えば慰安婦の存在を否定する展示で有っても同様だ。政治的などんな表現にもいえることだ。

左派的な出し物には右派が反対し、右派的なイベントに左派が異議を申し立てる。
そんなことはどちらも思想信条に基づく当然の意思表示であり全く問題ない。きちっと議論する場がつくられるべきだろう。
ただこれが脅迫的言動を伴ったり、ましてや暴力的な妨害、テロ活動など起きればこれは全く話は違ってくる。

歴史的に見ればテロ・暴力で自らの政治的意志を主張した事件はいつの時代も国を問わず多々あった。
特に日本の戦前では政府が、またそれにおもねる国民自身により戦争に疑問をはさむ人々を脅迫、テロまがいで追い詰めその意志表示を奪ていった。
その先に無残な結果をみた。絶対に戦前の轍を踏んではならない。

一方主催者のこういうデリケートな問題、考え方が異なり対立が激化している問題を扱うときの事前の活動、安全、警備面での認識の甘さなどは批判されてもやむをえない。
また、表現の自由を盾に安易にどんなことでもやっていい、言っていいということにはならない。

表現する以上、節度を持ち、表現の意図(抽象的、具体的問わず)を納得させるだけの努力をおしまないこと、その表現が持つ社会的責任は自覚する。
過度に挑発的な表現は慎む。これは最低限のマナーだと思う。
こういう自覚なしに安易に表現の自由はいうべきでない。表現の自由のレベルを落とすような事をしてはいけない。
25:麗しき月の和(公式) :

2019/08/07 (Wed) 19:37:39

>>24

最初の2行しか読んでなくてコメント返すのも恐縮なんだけどね(だって最初の2行の内容みて、あと読む気なくしたから)

「テロ予告によって企画展が中止になった」のではないよ。

4000件を超える「正当な抗議」によって、中止になったのにもかかわらず、主催者(パヨク)サイドは
わずか数件の「脅迫」が、数多の「正当な抗議」に混じっていたのをいいことに
「脅迫によって中止に追い込まれた~」と被害者面しつつ声高に叫んでいるんだよ。

私から言わせれば、脅迫なんてしたバカは、頭の悪いネトウヨであって、こういうバカのオウンゴールのせいで
他の「まともな抗議」をした人たちが大迷惑を被っているということ。

だから、相手がどれだけ日本人の心を踏みにじる最悪の反日クズ人間であったとしても、こちらサイドは
犯罪などに関わってはならない、ということを肝に銘じなければならないのだ。

あいつらは、少なくとも国旗を毀損していて、その意味でも「犯罪者」なんだけど
こちら側も同様に犯罪者になってどうするってこと。

ほんとクソネトウヨのせいで、せっかく反日テロ企画を中止に追い込めた勝利が台無しだ。
26:S :

2019/08/08 (Thu) 01:00:18

>>22-23
作り手としては『自分の真意が伝わらなかった時点で表現としては失敗』じゃないでしょうか
意図しない方向に読解されたわけだし

ちなみに私が言ってるのは『作り手、発信者のモラルがそもそも崩壊してて、たいして真剣に考えてなくて炎上商法をやる』ケースです
例えば、『これは表現だ!社会実験だ!』という名目で通行人に中指を立てたり『ハゲ!』と言ったり、ピンポンダッシュなど迷惑行為をしたり、
商店で店員を困らせる迷惑行為(大量注文)をしたり、バイトテロをしたり、要するに人を怒らせることをわざとやったりして注目集めよう、動画の再生回数を稼ごう、みたいな安易な愚行をやる連中ですね
最近レペゼン地球というYouTuber集団がそういうことやって問題になったり、要するに『別に深く考えてないし、真剣にやってないし、適当にふざけて作ってるだけ』問題
今回、津田大介氏には少なくとも同様の『ちゃんと真剣に考え抜いてやってない適当さ、いい加減な姿勢、軽さ』がつきまとってたと思います(そしていろんな人間にそれを指摘されてる)
典型的な炎上商法の姿勢ですよね

そして普通じゃない日本人さんが言ってるのは作り手のエゴ(炎上商法・ヘイトスピーチ・アート無罪の発信側)の話じゃなくて、受け手のエゴの話ですよね
まあ確かに、受け手もエゴイスティックで悪意たっぷりの人間になれば、作者の意図をわかってても無視できるし
作品に込められたメッセージを故意に無視したり、わざと曲解もできます

例えば、『ガンダムは人殺しと戦争を推奨してる』とか『ウルトラマンや仮面ライダーや戦隊ヒーローなどの変身ヒーロー番組は暴力による制裁と集団リンチを推奨してる』とか
ディスり気味に悪意で作者の真意や作品の意図を歪めて、受け手のエゴで弄んだり侮辱することも可能ですから
(ファン・好意に偽装したアンチ・悪意ってやつです)

ちょっと前に欅坂46というアイドルグループの『月曜日の朝、スカートを切られた』という曲が一部の間で変な言いがかりをつけられたことがあったのですが
https://www.youtube.com/watch?v=j89r0SNk9hs
https://ja.wikipedia.org/wiki/月曜日の朝、スカートを切られた#その他

これなんかもモロにそういう例だったと思います
それこそ表現規制を推進したい側や、有害図書指定が好きなPTAがよく使うヤクザまがいのインネン行為でもありますね
他にも、RADWIMPSというバンドが愛国色の強い曲を作った、というだけで問題の槍玉に挙げられたりだとか
http://j-lyric.net/artist/a04ac97/l0469f5.html
https://www.huffingtonpost.jp/2018/06/11/rad-syazai_a_23455806/
https://www.oricon.co.jp/special/51314/

これなんかも、楽曲自体に『愛』こそあっても、何か・誰かへのヘイトの要素はどこにもない
私は、ヘイトスピーチや今回の津田大介氏の炎上商法のような『ヘイトの自由』を標榜するようなものは問題があるとは思いますが
こういった音楽は、むしろヘイトの要素なんかどこにもないのに叩かれたりする(そっちの方がよっぽど理不尽でおかしいし、表現の自由への危機だと感じる)

問題は、作り手・送り手のエゴと、受け手のエゴ問題なんですよ
悪意ある作り手・送り手は、愛だとか、王道・正攻法でお客さんを感動させる努力を放棄して、人を怒らせたり神経を逆撫でする挑発や炎上商法で目立とうとしたり、爪痕を残そうとしたりする
そもそも表現に対して楽をしようとしてて、真剣さが足りないんです
お手軽に炎上して目立とうとするバカなYouTuberとかによくあるケースがそれ

もう一つが、わざと作品の意味やメッセージを曲解して、自分のアンチ感情で嫌いな人の作品や有名人をディスる、叩く口実に正義や大義名分を使うアンチ感情のエゴ問題
欅坂46やRADWIMPSのケースは、間違いなく『売れてるアイドルやバンドが嫌い、気にくわない人』の歪んだアンチ感情の視線に晒されていました(所謂『ヘイト消費』ってやつ)

本当に表現の自由を保とうとするなら、すぐ炎上商法に頼ろうとする実力・努力不足の炎上商法表現者
アンチ目線で人の作品を歪んだ目で見てわざとおかしな受け取り方をして叩くモラルを欠いた受け取り手
この両者の歪んだエゴを抑制して、こういう人物たちこそが大人になる必要があると、私は思います
要するに、一部の人の身勝手のせいで壊れていくんですよ、表現の自由って
27:S :

2019/08/08 (Thu) 08:32:57

それと、興味深い記事を見つけたのでご紹介

日韓関係の影響はあるのか? 大人気のコリアンタウン・新大久保を歩く 政治家たちの失策に現場は何を思う
https://this.kiji.is/531676749036717153

>日本による韓国へのホワイト国からの除外、その“しっぺ返し”としての韓国側からの除外、それに文政権の強硬姿勢が相まって、日韓関係は日を追うごとに悪化の一途をたどっている。
>日本、韓国ともに政府を支持する声が高いことを考えると、これがいま現在の両国の「民意」ということだろう。
>さて、そんな状況のなか、空前の活況を呈してきた新大久保コリアンタウンにも僅かずつではあるが、影響があらわれ始めた。(略)
>ここ数年は、土日祝日となると、メインの通りは女子高生や若い女性を中心に、グルメやコスメ、韓流グッズなどを求める人の波で渋滞を引き起こすほどであった。
>そのコリアンタウンを筆者は折に触れてウォッチしているが、前述したようにここ一週間ほどで微妙な温度差が出ている。
>ハットグ(韓国風アメリカンドッグ)や安価でカラフルなコスメを求める層、つまり女子高生や若い女性(とカップル)の客足はさほど止まっているとは思えないが、それらコアな層ではなく、「ブームだから行ってみるか」という一見客の足が止まっている。
>酷暑の影響もあるだろうから一概には言えないが、見た目少し前に比べると、2割程度は減っているように感じた。
>そして、そのすぽっと抜け落ちた層が、コアな客以外なのである。

>もっとも、JR関係者に聞いたところ、いま現在の新大久保駅の混雑は「特に大きな変化はなく、通常通り」とだという。
>無論、新大久保駅に降り立つ人すべてがコリアンタウンに行くワケではないので、乗降客の動向だけで判断することはできない。
>しかし、もしこれが「目に見えて減った」となればそれは大きな観光資源であるコリアンタウンの衰退、とも考えなければいけないだろう。
>では、肝心のコリアンタウンの住人たちはどうか? 総じて客商売は世間の動向に敏感なので、デリケートな問題となればなるほど、多くは語らないのが常だ。
>しかし、この街で韓国料理店を営む、韓国人女性はイラ立ちを隠さずに、こう吐き出した。

>「アベさんもムンも、みんなお腹いっぱいだから(私たちのことは)わからない。こっちには関係ない。商売のことで頭がいっぱい!」

>偽らざる気持ちではあろう。
>ともすると、両国の一部では嫌韓・反日から、憎韓・憎日のような言動も噴出している。
>当面、新大久保の住人たちにとって、心穏やかではない日々が続くのは間違いないようだ。


この件はもっと大きくマスな政治対立の新大久保への影響を論じたものなので、津田大介氏の件とは直接は関係なさそうですが、私は大いにあると思います
特にこの指摘されてる部分

>ともすると、両国の一部では嫌韓・反日から、憎韓・憎日のような言動も噴出している。

そして、新大久保コリアンタウンや上野周辺で暮らしてるようなごく普通の市井の人々は、その対立ムードに迷惑している
津田氏のやってることって、本当に在日韓国人のためなんですかね

私にも在日韓国人の友人がいます
私の地元は台東区・上野辺りで、昔からコリアンタウンの住民が多いですから
周りには差別もない
そして彼らは、別に日本を憎んでもいないことも知っている
自分たちが怒ってもいないことで、遠く離れた赤の他人が勝手に怒って、対立を煽る
その状況に、むしろ困惑している在日韓国人の方が、よっぽど多い
なぜか勝手に反日、日本を憎んでいる、天皇を憎んでいる、みたいな、自分が持ってもいない思想を押し付けられたり、身に覚えのない偏見やレッテルを貼られたりする

津田氏は本当に、自分たちの自己満足や身勝手で、こういう迷惑を被る在日韓国人の人々の声を聞いたり、立場に寄り添ったり、勉強をしているのか
私は前々からそういう自己満足性・独善性のエゴが強い左派界隈の態度に疑問を持っていましたが、今回の件で疑問が確信になりました

自分の正義ごっこや英雄願望のために、あるいはヘイトを煽るインフルエンサー的な社会的立場とビジネスのために
自分のためにやってるんじゃあないか?と
本当に今、在日韓国人の立場を慮って支援しようとしたら、日韓の対立を煽るのではなくて解消する方向へ動くはずですから

表現の自由とは、本当にそういう人物が振りかざすためのものとして放置され続けていいのか
ここの管理人さんが言う『ジキルとハイド』論の、表現の自由のため、在日韓国人のためというジキル(建前)と
実際は自分の満足のため、自分の立場のためというハイド(本音)のリベラル・エゴイズムに、どう立ち向かったらいいのか
考えるべき時が来ているのだと思います
28:普通じゃない日本人 :

2019/08/08 (Thu) 09:30:50

いや、だから作者の意図する通りに伝わることそのものが奇跡だって話なんですが…
29:普通じゃない日本人 :

2019/08/08 (Thu) 09:50:41

正確には「作品の想像上の意味や概念はシニフィアンを繰り返し述べることにより差延によってしか表現できない」でした、すみません。
でもまあ、「ポスト構造主義はそれまでの理想的な読者のモデルを否定する。優れた読者であれば、あらゆる社会的な拘束から自由であり、純粋に客観的な視点で作者の意図を汲み取ることができるとされてきた。しかし記号学によると文学的テキストであっても、それはシニフィアンの集合に過ぎず、作者は表現したいことの意味を主張することができない。作者の意図は作者自身でさえ決定不可能であって、文
学テキストに唯一の目的、唯一の意味、または唯一の存在があるという考えは拒絶される」ってことなんだから、間違ってはいないだろうさ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88%E6%A7%8B%E9%80%A0%E4%B8%BB%E7%BE%A9
30:S :

2019/08/08 (Thu) 11:41:42

>>29
どうせ意図通りに伝わらないから適当に作ってしまえ、って人がいたら
そういう人が『いい加減な人』でしょう

何度も言ってますが、私が問題にしてるのは『適当な姿勢の人(炎上商法)』です>>16>>26
そして適当な姿勢の人とは、どう取り繕って自分をごまかしても
明らかに深く考えないで炎上商法をやったり、表現活動を軽く考えてて舐めてる連中のことです
なんで炎上商法の話をするのか?と言ったら、今回明らかに津田氏の姿勢は炎上商法屋のそれそのものの軽い姿勢だったからです
https://news.nicovideo.jp/watch/nw5758870?from=a_news_3512903
https://news.nicovideo.jp/watch/nw5759265?from=a_news_3512903
https://news.nicovideo.jp/watch/nw5759825?from=a_news_3512903

『表現の自由』、『物議を醸す』、というジキル(建前)で取り繕ってはいるけれど、実際は『炎上商法』、『自分のエゴ』というハイド(本音)>>4
だからさんざん槍玉に挙げてます

そして、普通じゃない日本人さんがずっと仰ってるのはご自分の、受け手のエゴの話だと思うんですが
まあ、どんな作品をどう捉えるのも消費者の自由ですが、作者が真剣に心血注いで作ったであろう作品に、『意味なんてない』って姿勢で消費する態度は
真剣に作ってくれた料理を耳くそほじりながらあくびをかいて真剣に食べない、みたいな受け手の傲慢、エゴでしかないですよね

そういう、受け手・消費者側のエゴから生じたのが>>26の欅坂46やRADWIMPの事例にも見られた
『ヘイト消費(アンチ目線で、最初から否定的、ヘイト的なネガティブ目線で作品や表現を鑑賞・批評・批判する悪意ある消費姿勢)』だし
そういう一種のクレーマー体質化した受け手・消費姿勢が、現在の『お客様は神様エゴイズム』を肥大化させて
サービスを提供する側や作品を生むクリエーター側の権利を軽視して、尊大な態度で威圧・要求する『カスタマーハラスメント』の温床にもなっている
私は、本当に表現の自由を脅かしてるのは、こういう『人間のエゴ』だと思いますね

軽い気持ちで炎上を狙ってヘイトや悪意をアート・表現・言論の名目で発信する発信者側のエゴイズム(炎上商法、ヘイトスピーチ、アート無罪)
送り手が真剣に世に放った作品をきちんと真剣に噛み締めて鑑賞しようともせず侮辱的な目線で否定するアンチ感情のエゴイズム(ヘイト消費)

表現活動と権利を軽く考え、軽い気持ちで弄ぶお互いのエゴが、相乗効果で表現の自由を貶めてるのだと思いますよ
31:普通じゃない日本人 :

2019/08/08 (Thu) 23:33:27

適当に作ってしまえとは言ってない。
自然でないものを自然であるように見做すべきでないだけ。
32:backface :

2019/08/09 (Fri) 00:28:18

作者が意図していたことがイコール表現でもないと思いますよ。
表現したら意図外のものが入ってしまった、というケースは珍しくないはず。

客観的に意味を一意に同定できない、ことがイコール「理解できない」
「意味が伝わらない」でもないでしょう。

ただのシニフィアン連鎖の集合の中になにか他人に伝わってしまうものがある、という点が重要です。
ポストモダニズムを虚無主義的な相対論で理解することがそもそもどうか、
という点に自分は疑問を持ちます。

デリダの著作自体がシニフィアンの連続であり、
差延によって変わっていってしまうものでもあるでしょう。

ただの石は「なんら意味を持たない」という理解もあり得るし。
また「無数の意味を持ち得てしまう」という理解もあり得るでしょう。
33:普通じゃない日本人 :

2019/08/09 (Fri) 00:42:28

いや、この言い方は違うな。言い直そう。

…芸術ってさ、それ単体で存在するものではなく、芸術を通じて人々が自由に思考を重ねていくプラットフォームな代物でもあるものだ。
表現に確固たる意味なんてない。でも、その空洞化された空間には、確かに価値がある。私や貴方な発言一つ一つがある種の共同体とも言える。
意味を込めることなんて誰も出来ない。でも、そのプラットフォームをどのようなものにするかを決める権利くらいは作者にもあるのかもしれないな。
しかしながら、やはり意味を込めることは出来ないのだから、「日本人に対するヘイトだ」なーんてことを言うのはやはりバカらしいものでしかありませんな。
34:あああ :

2019/08/09 (Fri) 01:30:38

>>33

普通じゃない日本人さんの考えの場合、※3で僕が言った


展示されていた作品の中に「時代(とき)の肖像-絶滅危惧種 idiot JAPANICA 円墳」というのがあったそうなんですが、
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/129037

>手書きで「日本病気中」などと書かれた紙が全体に貼られており、ドームの頂上には日章旗が乗せられている。
>「『idiot JAPANICA 円墳』という名前のとおり、これは『馬鹿な日本人の墓』なんですよ」――。
中垣さんは、そう語った。

これに込められたコンセプトは記事にあるように『馬鹿な日本人の墓』なそうなんですが、
そういう、自分に無い感性を持っている人を理解する機会が奪われるのは残念です。

個人的には
『馬鹿な日本人の墓』でも「日本病気中」でも
『馬鹿な韓国人の墓』でも「韓国病気中」でも
『馬鹿な米国人の墓』でも「米国病気中」でも
全部閲覧できるべきだと思うんですけどね


っていう意見についても賛成ですか?
35:S :

2019/08/09 (Fri) 08:26:13

>>32
>表現したら意図外のものが入ってしまった、というケースは珍しくないはず。

津田大介氏は芸術監督で、今回直接表現したアーティストではなかったわけですが、それと同じ『コントロールできない』現象が起きたからこその失敗でもありますね、むしろ
まず、トリエンナーレがどの程度の規模・人数が集まってする展覧会だったかは知りませんが
多数の人間が集まって、持ち寄って、作品を提出したり、展示する
その『全体をまとめる、チェックする』監督能力の欠如も大きな問題だったと思います
多数の人間が集まりあって、各人が好き勝手放題なことをすれば、方向性を見失ったり、暴走が始まったり、あちらこちらに迷走したり、監督がしっかり手綱を握ってなければ、制御不能に陥るのは自明の理です
意図していなかった方向へと、様々な事象がどんどん突き進んでしまうでしょう
指揮がしっかりしてないから演奏がバラバラなオーケストラみたいに

もっとも、津田氏は『自分で狙って火をつけた』故意の炎上を意図通りに起こした面はあったので
実際はどうだったか断定はできませんが、それでも津田氏のコメントからは『自分が想定していたよりずっと大きな炎上になって、想定以上の人に迷惑をかけた』
制御不能の炎上に恐れて、慌てて矛を引いた、という姿が見えるものでした

それが、私が炎上商法のヤバさを問題提起する理由です
皆さん、シンプルに『人を怒らせることは本来超怖いことで、ハイリスクである』ってことを忘れてるんだと思います
SNSの炎上商法が状態化しすぎてて

確か1年くらい前だったか、ハゲックスというネットインフルエンサーの有名はてなブロガーが福岡で自分がSNSで
『低脳先生』と呼んで挑発していた人物に刺されて亡くなる、
という事件が起きましたが、あれもそういう例で、『どこでどんな人物がどの程度怒るかなんて、自分には制御不能だし、わからない』からです

それが、故意に人を怒らせる意図はなく、偶発的に誰かを怒らせてしまった場合なら、まだいいです
しかし『狙って人を怒らせる炎上』は、冷静に考えたらかなりの愚行で、蛮勇です
それも『不特定多数・広範囲』を挑発してわざと怒らせたら、どんな恐ろしいリスクが生じるか、炎上を自分の意図通りに安全な範囲内・想定内で制御するなど、誰にも不可能でしょう

津田大介氏は今回芸術監督に就任してて、監督にはクリエイティブに対するチェック機能・統御能力が求められていた以外にも
重要な役割として『ブランディング』があったと思います

ブランディングとは、要するに『どういう客層が寄ってくるようにしたいのか』、プロデュース・マネジメントに関わる需要なプランです
今回、津田氏は『わざと怒らせた』わけです

わざと人を怒らせたら、どういう客層がそこに集まってくるか
どんなブランディング結果になるか、ちょっと想像しただけで想定できますよね
津田氏は、ちょっとした社会実験気分で、『物議を醸すことに意味がある』という
『軽いノリのカジュアル問題提起』をやらかしたわけですが、
モラルを欠いた表現者の自己満足とエゴの暴走による現代アート界隈の『アート無罪』という社会問題が
前々から炎上と批判の対象として問題になっていた>>4のは、いくら津田氏がアート業界の門外漢で無知(ひろゆき氏の情報)だとしても
知っているべきだったし、知らなくても周囲が教えてるべきだったし、周囲が教えていたのだとしたら聞く耳を持つべきでしたし
津田氏が聞く耳を持たないのなら、それなりの対応を周りが安全のためにするべきでした
そういう意味では、行政が中止にした判断はいたって正しいです(安全が優先するのは当たり前)

今回、津田氏が『自ら狙って人を怒らせて、炎上をブランディングした』結果、津田氏が引き寄せることに成功した客層は、脅迫者、殺意を抱く者、恐ろしい人間たちでした
それを津田氏が殺されたハゲックス氏のように一人で行って、一人で塁を被るのであれば、自ら招いた炎上商法の結果による自業自得、自己責任で済む話ですが
問題は津田氏が反省の弁を述べてるように、自分の自己満足の炎上の結果、多数の人間を巻き込み、自分以外の人間をも危険に晒した、『監督責任』者としてあるまじき采配ミスです
こういうのを、二十歳そこそこ鈍くな社会経験のない大学生YouTuberとか、もっと幼い十代の配信者が安易な炎上商法でやってしまう例はまだ若気の至りとして理解できますが
いい歳こいた中年で、そこそこの社会経験があるはずの津田氏がここまでコンプライアンス意識や危機管理が欠如してるのは
正直理解に苦しむというか、悪い意味で幼い、少年のままの、大人になりきれなかった人なんだなあ、といった印象です
36:S :

2019/08/10 (Sat) 12:16:17

×ブランディングとは、要するに『どういう客層が寄ってくるようにしたいのか』、プロデュース・マネジメントに関わる需要なプランです
○ブランディングとは、要するに『どういう客層が寄ってくるようにしたいのか』、プロデュース・マネジメントに関わる重要なプランです

×こういうのを、二十歳そこそこ鈍くな社会経験のない大学生YouTuberとか
○こういうのを、二十歳そこそこのろくな社会経験のない大学生YouTuberとか


あとこの問題に関する議論を眺めてて思ったのですが、表現の自由擁護の観点から、津田氏を擁護する立場でこの問題を語る人が目立つことに、私は違和感を禁じ得ません
その違和感の正体は何か?といったら、多くの人がどうも『表現の自由とは、モラルやマナーを欠いても構わない自由(身勝手)のこと』だと思ってるようなフシを感じるからです

もっと言えば、表現問題に限らず、かなり多くの人が『自由とは無責任でいいこと、配慮や遠慮やモラルやマナーは排除して、好き勝手にして構わない粗暴・無作法の権利』だとどうやら思ってるらしいと感じます

しかし、本来『自由にはむしろマナーもモラルも重要な成分として含まれる』のです
『ルールや規制(法治)で自由を抑圧・抑制されるのが嫌だったら、やりすぎないように自分自身の自治、自己判断能力、自制心、自粛、自重意識を高めて、配慮、遠慮、思慮、慮り、思い遣り、気遣い、気配りを強化して、人治で対応するしかない』のです
だから、手塚治虫も『どんな事を書いてもいいのだが、基本的人権だけは遵守しなければならない』と書いていました
これを破ると、マナーとモラルが崩壊すると、その時にこそ規制という檻が強化される
無法状態になった、マナーもモラルもない猿同然になった人間社会は、無法者を檻に閉じ込めて対応するしかなくなるからです

そして、芸術『監督』なんて船頭たる責任ある立場の者は、人一倍その自己判断ができる人物でなければいけないんです
その人の判断ミス如何によって、船団は丸ごと氷山へ突っ込み、大事故を起こす
遭難し、さまよう
車の免許と同じです
やって善い事、悪い事、物事の判断の良し悪し、すべてにおいて慎重を期さなければ、自分だけでなく、社会も関係者も全て巻き込んで大騒動になる
判断能力とは、責任能力です
表現の自由の話ばっかりで、津田氏のカジュアルでポップな監督責任姿勢の軽率さ、判断の甘さ、危機管理意識の欠如、監督としてのその責や過ちを問う声が、少なすぎると感じます

多くの人が、今回の展覧中止を日本の右傾化の表れだ、全体主義の片鱗だ、表園の自由の危機だ、と騒いでいますが、私は違うと思います
危機なのは、『発信者・表現者側のモラル崩壊の危機』です
そして、『モラルとマナー(人治)の崩壊による、ルール・規制(法治)の強化』なんです

ここをわかっていないでこの問題を見てる人が、多すぎると感じます
37:backface :

2019/08/10 (Sat) 17:54:14

>危機なのは、『発信者・表現者側のモラル崩壊の危機』です

この問題意識には同意します。
しかしモラルをめぐる争いは、モラルのないサイコパスが一番有利になる、という点は
注意しておくべきと思います。

モラルを問題化すると、
「彼らにはモラルがない」と躊躇なく相手を指差せるサイコパスが勝つ議論になります。
これは表現の自由の原理主義的解釈よりも破滅的なものになります。

モラルのない相手に対してモラルの議論をすることは不可能です。
38:普通じゃない日本人 :

2019/08/10 (Sat) 20:14:08

悲しいなぁ…
https://twitter.com/fukuchishigeru/status/1157432256035581952
39:普通じゃない日本人 :

2019/08/10 (Sat) 20:19:54

>>34
展覧会を開きたい?どうぞどうぞ、ご勝手に。
ただ、表現の自由には「表現したくない事を表現しない自由」も含まれてますから、あくまでご自分でどうぞ。
40:あああ :

2019/08/10 (Sat) 21:23:42

>>39
なんで>>34を見て、展覧会を開くことにお伺いをたてているように受け取ったのかはよく分かりませんが、

でも、僕の質問が曖昧だったように思います。すみません。聞きたかったことを明確に質問すると、

※33で
>意味を込めることなんて誰も出来ない。でも、そのプラットフォームをどのようなものにするかを決める権利くらいは作者にもあるのかもしれないな。
>しかしながら、やはり意味を込めることは出来ないのだから、「日本人に対するヘイトだ」なーんてことを言うのはやはりバカらしいものでしかありませんな。
とありますが、

https://iwj.co.jp/wj/open/archives/129037
作者が「これは『馬鹿な日本人の墓』なんですよ」と言っていたり、手書きで「日本病気中」などと書かれた紙が全体に貼られていたりする作品
であっても「日本人に対するヘイトだ」と言うのはバカらしいものだと思いますか?

41:普通じゃない日本人 :

2019/08/10 (Sat) 21:38:46

>>35>>36
どっちかというと「人の怒りを掻き立てる事の怖さを忘れてる」だと思いますがね。
まあ、怒りをなめるのが不味いってのは同意です。
確かに危機管理が甘かったのは事実でしょう。

が、それとテロリストを基準にするかってのは別の話です。
あくまで表現の次元ではテロリストは居ないものとして扱う必要がある。

監督にはある種の自己中サイコパス精神が必要なんだと思いますよ。

モラルが欠けてても、最終的には押し通せます。
42:普通じゃない日本人 :

2019/08/10 (Sat) 21:43:34

>>40
馬鹿といえますよ。
インフルエンザの流行はとても厄介なものです。
43:あああ :

2019/08/10 (Sat) 22:01:39

>>42
インフルエンザ?
44:S :

2019/08/11 (Sun) 19:31:04

>>37
他人についてモラルがないと指摘する『クレームの強化』よりも
各人が個々の意識において自律的に自治・人治(自己判断力)を強化するしかないんだと思いますね
私も他人を潰すためにクレームを名目にする人間の存在には気づいてて、同時に問題視してます>>30
自発的な倫理の問題において、言い逃れできないくらいにモラルが低い人がいるのは現実ですし(炎上屋、ヘイトスピーカー、アート無罪のサイコパス)
サイコパスの抑制には炎上商法で得をするより損することが大きい社会にしていくしかないと思います
言いがかりに近いクレームも、賛同者が少なければ結局失敗に終わるのが常ですしね(RADWIMPSも欅坂も無事で依然人気のまま)
で、最近はだんだんと炎上ビジネスがクレームで潰れる社会(民意)のモラルの自浄作用もまた強化されてきてますから、そこはいいと思いますけどね

>>41
テロリストはいない、って前提で表現するのは、まあ個人の自由ですけど、それが平和ボケなんだと思いますけどね
少なくとも、故意に炎上を狙うようなサイコパスは瞬間的には得をしたように錯覚しても、長期的には悪評やアンチ感情を溜め込んで、メリットはもうない時代だと思います
誰かが言ってましたが、津田大介氏と東浩紀氏のモラル意識の低さは、ネット黎明期のゼロ年代の生き残り、って分析が個人的には納得です
2chのノリとか、それこそ本人たちが出演してたニコ生文化の内輪の空気と、アート無罪の責任意識の希薄さ、ポスト真実時代のヘイト文化を合衆させた、最悪のコラボだったんだと思います
45:ベントブルー :

2019/08/11 (Sun) 22:37:21


様々な問題点が上がってきた。
1.テロや脅迫によって中止のやむなきに至ったが、これは表現の自由への弾圧であり、民主主義の土台が崩されていく危機的状況だ。
2.企画展主催者の芸術監督津田大介の責任を問うもの。こういうあらかじめ想定される事態に対する認識不足、また安易すぎる展示内容と方法。
3.公金(税金)を使う場合の表現の自由はどうあるべきか。
4.そして騒動の一番の原因である「平和の少女像」従軍慰安婦問題。
特に右派系においては少女像(慰安婦)=韓国=悪
天皇の写真を焼く=左翼、反天皇主義
という決めつけから、この企画展を中止に追い込むかどうかを勝ち負けで考えたこと。

ここでも敵味方、対立の構図を普段に作り出している現政権の姿勢が反映されている。
(先日公開の映画“主戦場”でも告訴騒ぎになっている)

まず表現の不自由展は過去に何らかの理由で中止になったり撤去された展示物を見てもう一度考え直す機会を・・・ということでの企画展であり、強い政治的メッセージを主張するものではない。

TVなど見ていると、あれだけ一時テロに屈するな、テロ対策に全力を、など声高に叫ばれていたのに、誰もがテロ、テロ予告よりも少女像の是非をテーマにし、しかも、全般的に“国民のこころを踏みにじるもの”だとの趣旨で発言されている。

テロを許さない、と申し訳程度の軽い一言はあってもそのまま少女像に話題は写り、テロ脅迫は不問に付すとまではいわないが極めて低い関心事になってしまった。これは恐るべき事に思える。

ある問題で大きな反発を呼ぶような内容のものであればテロ予告や脅迫、暴力的言動を行ってもそう強い咎めは受けない、さらにはテロ、脅迫、暴力的言動・・・何でも許される、ということになりはしないだろうか。

まさしく戦前と同じ状況だ。そこでは国の政策、方針に異を唱えるものには何をされても文句は言えないとの認識が一般的だった。表現の自由はなかった。それを国民全体で不自由を甘受したのだ。

もう一つ“国民のこころを踏みにじるものだ“の国民とは日本国民の大多数であるかのような言い方だが、事実はどうだろう。決して国民の大多数とは言えないと思う。
従軍慰安婦についても諸説ある

1. そもそも従軍慰安婦(以下慰安婦)はいなかった
2. 慰安婦はいたが皆娼婦だった
3. 慰安婦はいた。が、軍の関与はなかった。
4. 慰安婦はいた。軍の管理下にあった。しかし、強制的な連行はなかった。
5. 慰安婦はいた。軍の管理下にありまた一部では強制的に徴集された。

おそらく、今回企画展に抗議したもの(抗議とされているもののなかで脅迫に近いものは過去の例から見て多々あったと想定される)はおおむね1~3の考えを持つものだと考えられる。これは国民の大多数の声を代弁しているといえるだろうか。

さらに多少の抵抗はあってもその像を撤去せよとか企画展を中止せよとまで考える国民はそう多くないと思う。

政権中枢や名古屋市長、TV有識者は彼らの立場に国民は総委任しているとでも思っているのか。俺たちの望むメッセージ以外のものは認めない、というつもりなのか。ここも恐るべき事だ。

戦時中の日本軍の蛮行、横暴行為についてはさまざま実証的研究もありそれを元に論考もされている。本人達の証言も多い。小説、映画でも繰り返し表現されている。

従軍慰安婦についても、苦渋と悔恨の気持ちを持って積極消極のちがいはあれ、完全否定などとてもできず複雑な気持ちを持つものは多いと思う。 

もう一度問題点を整理し、反省すべき点は反省し、この表現の不自由展の再開を望む。
46:あああ :

2019/08/11 (Sun) 23:10:02

>>42
では、例えば
作者が「これは『馬鹿な韓国人の墓』なんですよ」と言っていたり、手書きで「韓国病気中」などと書かれた紙が全体に貼られていたりする作品があった場合、
それに対して「韓国人に対するヘイトだ」と言うのはバカらしいものだと思いますか?
47:backface :

2019/08/12 (Mon) 01:03:27

>>45
政治的な催しにテロ予告で中止などは残念ながらもう珍しくはないんですよ。
百田尚樹氏や杉田水脈氏のイベントで爆破や殺害予告なんてしょっちゅうですからね。

慰安婦が問題のように誘導しているのはメディアの影響が大きいでしょうね。
最大の問題は天皇の写真を焼いていることですから、そこを報道したくない。

慰安婦像へ焦点をずらしているメディアも、
リスク回避としては分かるが無用な誤解を生んでいる。
地上波で天皇の写真を焼いているシーンをきちんと映像で流せば誤解はないのです。

ここまでこじれてしまったからには、もはや素直に報道して、
表現者や責任者がリスクを負った方が良いのかもしれないですね。
48:S :

2019/08/13 (Tue) 07:40:12

少女像の韓国人作者が反論「日本の報道では正しい意図が伝わらない」 表現の不自由展で物議、街の声は?
https://abematimes.com/posts/7014591

>今回批判と抗議が殺到した展示の一つに、慰安婦をイメージして2011年に制作された「平和の少女像」がある。
>11日にAbemaTVで放送された『Abema的ニュースショー』では、その少女像の作者の一人であるキム・ソギョンさんに取材を申し入れたが
>「日本の報道では私たちの正しい意図が伝わっていない」などと取材に応じられない旨、そして、取材を受けないことを詫びる気持ちが書かれた手紙が送られてきた。

>さらにソギョンさんは「少女像は反日の象徴ではなく、平和の象徴であることを知らせるために展示会への参加を決意した。
>しかし、日本の報道では(少女像は)反日の象徴として映っていた。不快に思うという人がいるのも事実。しかしその不快さは、河村市長の言う“国民全体の総意”なのかは疑問です」と複雑な心境を明かし、今回の中止の決断に対して反論した。


私はやっぱり、『津田大介氏の作品の紹介の仕方がまずかった』んだと思いますね
本人が『作品に焦点を当てなければならない局面で政治問題化させたことの責任を痛感』
『自分のジャーナリストとしてのエゴだった』と認めてる通り、『物議を醸す事に意義がある』とする、わざと炎上させたい津田氏の意思が優先になってて
作品の制作意図を伝えるという役割が芸術監督として二の次だった

展示するなら展示するで、やりようはあったと思います
監督というからには、その作品をどのように展示させるかの『演出』が大事です
不快感を催しやすい作品ならば、その不快な印象をできるだけ緩和させて、作者の意図が真っすぐ伝わるよう工夫するのが演出です
演出の仕事は社会と作品の接続に役割があります
仲人のようなものです
同じお見合い相手でも、どのように紹介するかによってガラリと印象が変わりますよね
仲人が上手ならお互いに良い印象に変わり、紹介が下手だとお互いに最悪な出会いになって、最悪な印象を持つ
津田さんが犯した失敗は、こういうことなんですよ
わざと自分で炎上的な宣伝をして反発を募らせ、怒れる危険な客層を集め、世間の逆風とネガティブな視線に晒し、作品の意図が伝わりにくい状況に誘導したばかりか、損壊の危険にまで晒した
そして想定以上でコントロール不能の炎上に恐れをなしてあっさりと中止に従った
仲人として最悪だったと言わざるを得ないです

成功に導くなら、無用な炎上は避け、少しでも反発を和らげ、作品も展示するならするで、作者の意図が正確に伝わるように努め、不快感を緩和させる努力に徹するべきだった
例えば、日韓両国で実をつけた花で覆って囲ませる(そしてお客さんにも有料の献花を任意でしてもらって、その売上は寄付する)、とか、やり方はあったんです
過去の恨み、怒り、そういう冷たく厳しい感情が込められた展示なら、それを見続ける事って感受性が強い人ほど、美術へのアンテナ感度が高い人ほどしんどくなるんですよ
単純に、後味が悪くなんです
嫌な気持ちを抱えたままお客さんに帰路に着かせたら、このご時世モヤモヤを抱えた客がどんな投稿をSNSにするか、簡単に想定できるでしょう
だから戦争、暴力、人類の愚行、社会問題、過去の怨恨、そういった負の事象を提示するときは、必ずフォロー・中和が必要なんです
例えば、慰安婦問題という過去がある一方で、日韓両国の今と未来は、日韓で愛し合うカップルもいて、その子供達だって生まれてくる、みたいな
対局の未来、希望も提示する
それをやればフラットに、『平等』な印象にできます
しかし、津田さんはネガティブな感情のみを提示した
自身も炎上マーケティングというネガティブな感情を煽る、極めて現代的で安易安直でカジュアルな宣伝手段を採った
それでいて、作品はドカンと、なんの創意工夫もなく、ただ鎮座させただけだから、起きるべくして酷評が起きた
津田さんのやり方では、炎上と憎しみと対立感情の煽りだけが残ったから、こうなった

まあ、津田さんのようなド素人にこんな責任重大な仕事任せた人のポカミスだと思いますけどね
陰謀論的に考えちゃうなら、知事を潰したい誰かが、知事に(事故を誘引させて責任を問う口実作りのためのスケープゴートとして)津田氏を紹介したのかなと思っちゃうほどに
49:頭端式ホーム :

2019/08/14 (Wed) 08:54:20

管理人さんのおすすめサイトにある、脱「愛国カルト」のススメの記事にあいちトリエンナーレの記事がありましたが、
これについてはどう思いますか?

http://datsuaikokukarutonosusume.blog.jp/archives/1075445937.html
50:遠い山並みの光 :

2019/08/14 (Wed) 12:47:25

多くの人が内容を見もしないで
少女像は韓国寄りで「反日」「パヨク」
天皇の写真を焼く・・・左翼、反天皇主義者
とにかくけしからん、無礼だ、撤去せよ・・・という短絡的反応からテロ予告を含む大騒動になったような感じを持っていましたが、上記のサイト見れば、やはり、そうでした。
後者の場合。
天皇の生写真を焼いているのではありません。以前に政治家、右翼などの抗議により展示中止になった作品が美術館によって焼却処分になり、その作品の焼却の様子を再現?(つまり焼却への抗議?)したもののようです。

作者はその作品について“内なる天皇”を表現したかったと言っています。そのモチーフについてここで詳しく言えませんが、少なくとも彼が左翼でも天皇廃止論者でもないことは明らかです。

党派制がからむと、左右問わず、よく調べもしないで短絡的な思考に陥るという典型的な事例だと思います。特に政治家のこの種の単純反発の思考性は日本にとってかなり危険な事ではないでしょうか。

51:普通じゃない日本人 :

2019/08/14 (Wed) 15:29:48

おや、貴方は「日本病気中」の張り紙見て何を思い浮かべたんですか?
インフルエンザとも、ガン・心不全・肺炎とも、肩こりとだって読めるじゃないですか?
貴方は一体何を怒ってるんですか?
52:普通じゃない日本人 :

2019/08/14 (Wed) 15:39:36

韓国人に対するヘイトだとは思わないが、これを読んでヘイトだと感じた人が「病気の人」に対してとてつもない差別意識を持っているのだとは思いますね。
貴方が肩こりだと受けとめられない理由は、貴方が想像する「病気の人」に対して差別意識を持ってるからです。

いい加減やめましょうよ、「病気の人」差別。
貴方の「病気中」に対する怒りこそがまごう事なきヘイトスピーチです。
53:普通じゃない日本人 :

2019/08/14 (Wed) 15:53:07

無闇に煽るようなやり方が不味かったに禿同。
あれじゃ作品が可哀想だ。作品に罪はない。作品に対する思いやりが欠けていたのだろうな。
54:普通じゃない日本人 :

2019/08/14 (Wed) 15:57:35

>>51
あっ、これは>>43に対するレスね。
>>52>>46に対するレスです。
55:あああ :

2019/08/14 (Wed) 16:06:39

>>51
ああ、なるほど、作品についての感想だったんですね。

>「日本人に対するヘイトだ」と言うのはバカらしいものだと思いますか?
という質問に対しての説明だと思ったので、
そういう発言をする人はインフルエンザにかかっている?という意味?と思ってしまいました。

僕個人は「日本病気中」という張り紙を見たら「へぇ、病気中なのか」と思いますね


>貴方は一体何を怒ってるんですか?

僕は単に質問しただけで、何も怒ってないんですけど
普通じゃない日本人さんは僕のどの発言を見て、怒ってると思ったのですか?
56:S :

2019/08/14 (Wed) 18:37:17

そもそも芸術作品の展覧って、それを鑑賞する人は『ある程度の感受性がある、つまり深読みや裏読みもする』人たちだし
芸術を見て何かを感じる人ほど、人一倍怒りっぽかったり泣き虫だったり感受性が強いわけですよ
見た人が『ふーん』で何も感じず、なんの喜怒哀楽(感情移入)も発生しないのであれば、それはそれで芸術として大失敗なわけで

だから『誤解』はできるだけ避ける努力はしなきゃいけないし、作品の意図に悪意や人の怒りを煽る故意がないのであれば、
その制作意図はできるだけ正確に伝える、読み取ってもらえる努力はしなきゃいけない
本人自身が作品に込める表現力もそうだけど、その作品を世の中に紹介して見せる『演出』側も
表現と鑑賞っていうのはキャッチボールみたいな物で、コミュニケーションなんですよ
一方的に自己満足で大暴投をしても、相手が受け止められる球を投げなけりゃコミュニケーションとして成立しない
ちゃんと良い球を投げられない人は表現者としてノーコン、三流投手なわけで

誤解させて相手に紹介したら印象が最悪になったりするのは当然なわけですよ
お見合いだって同じ相手でも紹介が下手だと第一印象が最悪になって失敗に終わる
紹介が上手なら同じ相手でも全く印象が変わってうまくいく
それが『演出』
作品をよりよく見せて紹介する行為なわけです

いろんな人が指摘してますが、結局は津田大介氏が初心者で、監督能力がなかったのが事故原因につきます
無意味に敵を増やした
作品を偏見と敵意の視線で晒した
作品の意図が全然伝わらない状況に導いた
自らそうした炎上を仕掛けた
仕掛けておいて状況をコントロールする能力もなかった
関係者と作品を危険に晒して展の続行を不可能にさせた
愛知県の決定に逆らう覚悟も本気もなかった
つまりその辺のYouTuberくらいの覚悟で炎上商法をやっていた
本気で作品に命をかけてる作家の想いにすら寄り添えない
それでいて、こういう発言をしてました
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/322393 

>大きなイベントを手がけるのは初の経験。「自分にはイベントをプロデュースする適性はあるなと思った」と話す津田大介・芸術監督

>約80組の作家選びは当初、学芸員に任せるつもりだった。ところが、上がってきたリストを見て「ピンとこない。これはまずい」と方針転換。自ら決定権を握った。

もちろん任命した人の責任も感じますが
東浩紀も呆れちゃってますし、大村知事も冷たい反応ですし
https://www.buzzfeed.com/jp/ryosukekamba/azuma
https://news.biglobe.ne.jp/domestic/0814/ym_190814_1744772656.html
https://www.youtube.com/watch?v=_C2snzJ5Jsc

味方からも見放されつつある、って感じです(たぶん、学芸員の意見を無視し続けたことで、文化庁や愛知県庁の職員に相当嫌われてたんだと思う)
57:backface :

2019/08/14 (Wed) 20:56:43

>>56
同感ですね。東浩紀氏の8/8日のコメントがしっくりきます。
https://www.j-cast.com/2019/08/08364619.html

>今回の事件においては、芸術こそが友と敵を作り出してしまいました。
>そしてその対立は、いま、どんどん細かく、深くなっています。
>それはたいへん心痛む光景であり、また、私たちの社会をますます弱く貧しくするものです。

>>52
ガン末期の人やエボラ出血熱の人、ハンセン病の人に「お前は病気中」と言えますか?

『「病気中」に対する怒りはヘイトスピーチ』
という理解は浅すぎると思いますし、浅い理解による表現が
炎上を生むということはあると思いますよ。

慰安婦像に「火病」ってロゴをベタベタ貼って展示したら
何を言い訳しようが韓国の人に殴り殺されるでしょう。
コーランを便器に浮かべて「宗教は毒」といったロゴを貼って展示したら
容赦なくムスリムに射殺されるでしょう。
構造主義思想は本来こういった文化比較を扱う道具だった筈ですが、
自国の文化・精神をだけ異様に蔑視するのは、おかしいでしょう。
マイナス方向に逸れたナショナリズムという感じを受けますよ。

掟や禁忌の一番厳しい部分に関しては、メンバーシップを裏切った場合の報復は、
どれだけ社会が進歩しようがあるわけです。
どこの国、文化にも裏切ってはならない禁忌というものはあるはずですよ。

その社会における禁忌を可視化する試みは面白いと思いますが、
極めて慎重に、プロ意識をもってやらないとただの憎悪と報復で終わります。
58:遠い山並みの光 :

2019/08/14 (Wed) 21:10:10

企画側のこういうセンシテイブで国民の意見の対立を呼ぶような作品を扱うときの手順、社会へのていねいな接続方法(展示内容や見せ方、説得性)、想定される妨害活動への備え・・・など認識の甘さと自覚性が厳しく指摘されています。

それと合わせ今回驚いたのは、右派系政治家、右派系文化人のおそるべき短絡的コメントです。
どう考えても、慰安婦像が展示されている、天皇の写真が焼かれている、国旗が汚されている・・・などの情報とは言えないくらいのミニ情報に瞬発的に反応していますね。

前回挙げた以外にも、表現の不自由展だけがトリエンナーレの出し物だ、「反日」的作品しか展示していない一方的政治的プロパガンダだ、と勘違いしたり、現代の日本の状況を表しているのに日本そのものを毛嫌いしているととらえたり。

そもそも、一度なんらかの理由で展示が中止されたり撤去されたものをもう一度考えてみようという企画であることすら知らないと思われるようなコメントもありました。

発信側の問題の他、受け手側の粗雑で論理的検証を欠いた対応があったと思います。また事情理解した上で煽り的な発言をし、問題提起ではなく潰すことだけを目的化したような動きも、あえてデマ、フェイクニュースをまき散らす行為すらあります。

「ネトウヨ」がいうのならわかりますが、少なくとも社会的責任を負うべき有識者であれば軽挙妄動と言うしかありません。
59:普通じゃない日本人 :

2019/08/15 (Thu) 00:00:15

>>57
…本来は言えるはずなんですよ、本来は。
火病だったら何か悪いというんでしょうかね。
病気だったら何か悪いというんでしょうかね。

民族は良いよね、「日本人(韓国人)に対するヘイト」と呼ばれて。
自分が言い出すまで「病気の人に対するヘイト」とは呼ばれてなかったよ。
60:普通じゃない日本人 :

2019/08/15 (Thu) 00:06:05

「病気の人に病気といったら差別になる」。その構造こそが差別なんだよ。
61:普通じゃない日本人 :

2019/08/15 (Thu) 00:08:31

>>55
ああ、ごめんごめん。
怒ってないなら良いよ。こっちの勘違いです。
62:S :

2019/08/15 (Thu) 07:13:27

>>58
まあネトウヨ著名人のアホさはいつものことですが、究極的にはそういう人間にも意図を正確に伝えて納得させなけりゃならなかったわけですよ
でも、今回津田氏はそれに失敗した
どころか、お互いの対立を煽るような方向に持って行った
津田氏の演出(宣伝戦略)では、そもそもまた世の中に新しい対立と分断を醸成し、煽り、作っただけでした
そういう意味では、ヘイトスピーカー側とも仕掛けたことは大差ない

誤解されやすい作品を表現するなら、誤解を想定して、極力敵を作らず、炎上を煽らず、火は最小限に止めて、できるだけ正確に制作意図を伝えて民意を味方につけなけりゃいけない
東浩紀氏や、三浦瑠麗氏も指摘してましたが、今回津田氏が敵に回したのは権力じゃなくて、民衆の民意、庶民感情なんですよね
民主主義のルールとして、庶民を敵に回したから、感情を納得させられなかったから、失敗に終わった
リンカーンの『民衆の感情はすべてである。民衆の感情を味方につければ何も失敗しない。反対に、民衆の感情を敵に回せば何も成功しない。民衆の感情を動かす人は、法を作る者や裁判で判決を下す者より、大きな力を得る』
という言葉があるわけですが(要するにポピュリズムの説明)、津田氏は民衆の感情を味方につけられず、敵に回したから失敗したわけです

これは政治的な面でもそうであるし(選挙に勝てなかった人と同じ原理)、芸術や表現活動の成功の原則も
民衆(ポピュラー)の人気を得ること、味方につけること、支持されること
マイケル・ジャクソンもそうだし、フレディ・マーキュリー(クイーン)もそう
RADWIMPSも欅坂46も、クレーマーに絡まれても叩かれても無事で、むしろますます売れてるのは、結局は民衆の人気者(ポップスター)だから
そして、人気を出せる表現者というのは、必ずポジティブな感情(感動、喜び、楽しみ、涙などのエモ)で人の心を動かして、繋がる

その才能がない人間は安易に炎上商法のネガティブな感情(怒り、憎悪、挑発的行為・言動などの煽り)で人の心を逆撫でして目立とうとしたり、有名になろうとしたり、爪痕を残そうとする
もうそのインターネット時代特有のやり方が、通用しなくなり始めてるんだと思います
これは他のことでも、YouTuberやオンラインサロン界隈とかでも、挑発的で礼儀や信用がない人物はもう通用しない時代になり始めたり

今分断が起きてるとしたら結局、このポジティブ感情側(まともに人を感動させる人と、そのファン)と、ネガティブ感情側(人を煽ったり怒らせたり憎しみやアンチ感情や対立が好きなヘイトビジネス・ヘイト消費タイプ)の対立だとも思えます
これは、政治的な面でもそうですよね(毎日何かに怒ってヘイト消費するネトウヨ・ネトサヨと、人の怒りを煽動するヘイトインフルエンサー側vsここの掲示板にいるみたいな白けてる人たち、ウォッチャー)

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